タイ・コウモリツアー報告

2003.11.23~30

コウモリオタクには「三つの願い」というのがある。

  • その1,世界最小の哺乳類である、キティブタバナコウモリを見る。
  • その2,ペインテッド・バットを見る。
  • その3,地元では「黒い竜」と呼ばれている、数百万頭のオヒキコウモリの大飛行を見る。

  コウモリの場合は、他の哺乳類と違って捕獲して同定しなければならないこともあって、タイ政府の捕獲許可が下りるかどうかという心配もあった。
 しかし、タイの野生動物研究者(彼が許可を出す)が同行してくれたので、全部叶ってしまった。

 

世界最小の哺乳類 キティブタバナコウモリ

キティブタバナコウモリは1973年に発見されたコウモリで、タイ中西部の限られた鍾乳洞にしか生息していない。

 カンチャナブリの寺院奧の鍾乳洞に入る。
通常、鍾乳洞に入るとヒンヤリとして涼しいはずなのだがタイは違う。サウナに入ったように汗が噴き出し、カメラを構えるとレンズが曇る。
鍾乳洞の奧にも金色の仏像があって、いかにもタイらしい。

その隙間にキティブタバナコウモリがいた!

 ぶら下がっているその姿は、本当に小さく、ライトを当てるとバタバタ飛び出す。その様子はセミかクマンバチのようだ。別名を「マルハナバチコウモリ」というのがうなづける。

キティというカワイイ名前の割には、さほどカワイイ顔はしていない。キクガシラコウモリのように鼻葉がある種類ではなく、いわゆるネズミ顔の仲間なのだが、ブタ鼻というだけあって、顔の3分の2が鼻だ。

 

ペインテッド・バット

 翌日はタイ南部のコン・ケーンという場所に移動した。移動時間7時間。

 ここ パポー村に、幻のコウモリ「ペインテッド・バット」が棲んでいる。生息数はわかっていないが、やはり100を切る単位だろう。

 対馬にも、クロアカコウモリという同じような模様を持ったモノがいるが、これは種が違う。何でこんな模様なのかと言えば、枯れ葉にカムフラージュしているわけだ。普段は林の枯れ葉の中にいるけれど、たまたまこの時期、枯れたバナナの葉の裏側にペアで棲んでいた。

まるでハロウィンの仮装のようだ!!

 体は金に輝くオレンジ色、お腹は白く、顔はカワイイ。翼はオレンジと黒に塗り分けられ、尾膜は全部オレンジ色でまるでホウズキの皮のようだ。
 和名は「インド・ヒオドシ・コウモリ」という。ヒオドシというのは鎧の下に着る緋色の着物をいう。

 しかし見ての通り、色合いがまるで「ハロウィン」なのだ。
 だから俺は、これからこいつを「ハロウィン・バット」と呼ぶことに決めた。

 

オヒキコウモリの大飛行

 地元の人は「黒い竜」と呼んでおり、その飛行は一時間近くもかかる。その数はおそらく数百万頭だと言われている。

 幸い日没一時間前に現地に着くことが出来たので、ゆっくりと準備ができた。

 この場所は地元の人にしか知られておらず、急峻な崖を登りコウモリのフンを採集に行くこともある、という。コウモリのフンのグァノは、肥料ばかりではなく、第一次世界大戦当時、火薬としても使われた。

 カメラをセットし心の準備をしていたら洞窟の入り口の上の岩に、チゴハヤブサも姿を見せ始めた。上空にはゆっくりと旋回する猛禽の姿も見える。奴らもオヒキコウモリが出てくるのを、手ぐすねを引いて待ちかまえているわけだ。
「ラッキー!猛禽のハンティングも見られる!」 まだ空は明るい。

 そして午後5時43分!「出たっ!」と双眼鏡で洞窟の入り口を見ていた誰かが叫んだ!

入り口を見ると、モヤモヤと蚊柱のように、コウモリが群れ飛び始めた。

その途端!
ギューンと黒い帯が、向かい側の山に向かって走った!
羽音が凄い!「ゴボロロロロロロォッ!!」と、まるで竜の咆吼のようだ!

幸いに風がなかったので、きれいな竜になっている。

3キロは離れているであろう向かい側の山に、うねりながら、時には渦を巻きながらぐんぐんと延びていく。

まさしくこいつは「黒い竜」だ!

 俺はもう興奮の極地で、自分でも何が何だかわからなくなっていた!

 猛禽達が、次々と黒い帯に向かって猛然とアタックする。それでも帯は揺るがないで、ドロドロドロドロと延びていく。

 15分経ち、空が暗くなってきたので、竜の姿ははっきりしなくなってきたけれど、双眼鏡で入り口を見ると、始めと同じ密度でまだどんどんとコウモリの塊が吹き出し続けている。 一体何頭いるのだろう?

 さて、すっかり興奮してしまった俺は、カワウソを見たときも、クジラを見たときも、皆既日食を見たときもそうだったように、「わぁっ、もうこのまま死んでもいいやっ!」と叫びそうになったけれど、今回だけは違った。

「この凄さを、俺の持ちうる全ての表現方法でどうにかして伝えなくては、まだまだ死ねねぇな…」と思ったのだ。こういう感情って今までで初めての経験だった。

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